
◆ 甲骨文「叔」字は、何を手に持っているのか諸説紛々
― 「叔」は、かなり複雑な甲骨文・金文が知られています。『漢語多効能字庫』は、諧声字「埱 トウ 」(=発掘する)に注目しながら、杙(くい)で地面を掘るさまを表したのではないかと推定しています。しかし「尗」(「叔」字の左側)はもっと複雑な字形で、おそらく「弋 ヨク 」(=くい)ではありません。
わたしには、ある種の金属器を手で持っているように見えます。


商代 甲骨文



西周 金文


秦代 小篆(『説文』)




隷書 (秦代以降)
もう一人の漢字学者・加藤 常賢(かとう じょうけん)さんは、諧声字の「菽 シュク 」(=まめ)と「叔」の原義に注目して、豆を収穫しているありさまではないかと推定しています。それぞれ諧声字に注目していますが、不明な象形字を解釈するのに諧声字を参考にするのは、たしかに王道パターンです。しかし、どの仮説も真相を解明するに至っていない気がします。
◆ 周代に甲骨文の起源が見失われたか?
― 金文の後期に、「叔」の二世代目の文字が出現します。これは「又(手)」と声符の「尗 シュク 」(/*s.tuk/ BS)からなる形声字です。Baxter - Sagart の『Old Chinese reconstruction』によれば、{尗 シュク } は「マメ」の意で、後世の「菽 シュク 」(=マメ)の原字ということになります。「尗 シュク 」は象形字で、おそらくマメが地面に生えているさまをかたどったものでしょう。いずれにせよ、甲骨文では「叔」は地名の借用にしか用いられていません。
わたしは、金文で「弔」(上古音 /*tˤ[i]wk/ BS)字が「叔」(上古音 /*s-tiwk/ BS)に借用されているところが気になります。「叔」は銅鐸(どうたく)のような金属器を用いた弔いを含む祭祀ではなかったのでしょうか。
◆ 三男の名称でもあった「叔」
― Baxter - Sagart の『Old Chinese reconstruction』には「叔」の見出しが二つあります。それぞれ、再構音と語義 /*s-tiwk/(=収穫する)、/*s-tiwk/(=兄弟の三男)が与えられています。後者については、兄弟の順位を表す「伯」「仲」「叔」「季」の第3位ということになります。この2語については派生関係はなく、同音異義語だと思います。
米国の言語学者・Axel Schuessler は、最小限上古音・OCM を /*nhiuk/ (=作物をとる)とした上で、{叔} は、{収} /*nhiu/(=おさめる・収集する)と同根だと推定しています。また、{秋} /*tshiu/ OCM(=あき)と同根ではないかと示唆しています。
◆ 諧声字を探ることは、語源を探る有効な方法
― Schuessler は、{叔}(=兄弟の三男)の語源については言及していません。
『Wiktionary・英語版』によると、Sagart は {叔} を {督} /*tuk/(=まんなか・中央)の派生とみたようです。しかし『Old Chinese reconstruction』には「督」の見出しがなく、確認できません。
これまで見てきたいくつかの考察が、諧声系列を探ることが語源研究の王道であることを示しています。しかし、真偽のほどは不明です。